ライターになったきっかけ
私はライターという職に就いている。
新卒で入社した会社が、驚くほど真っ黒なブラック企業だった。
そんな会社での経験から、会社で働きたくなくなった私は、自宅でできるフリーライターを始めた。
自宅で仕事ができるのなら、ライターでなくても構わなかった。
始まりこそ、軽薄な理由ではあったが、フリーライターとして仕事をする中でいろんな出会いがあり、ライターの道をまっとうしようと思えるようになった。
しかし、今思い返すと、私が文章を書くことに興味を持ったのは、もっと昔のことだったように思う。
卒業記念に作成した一冊の冊子
話は中学生の頃まで遡る。
同級生の男の子に、ナカノくんという子がいた。
ナカノくんは無口で、暗いという印象が強かった。いや、周囲から暗いと言われる私が言うのも失礼な話だが、そんな私から見ても暗い子だった。
小学校は違ったし、中学3年間のうち、一度もクラスが一緒になったこともない。話すきっかけもなく、全校集会で見かけたり、廊下ですれ違ったりする程度だった。
それゆえに、普段の学校生活をどのように過ごしているのかは知らないが、私が見るに周囲からいじめられているようなこともなかったように思う。
ただ自ら群れに入らず、一人で過ごしていることが多い。そんな印象だった。
そんなナカノくんと一言も交わすことなく、中学三年生を迎えた。いよいよ卒業である。
卒業の記念として、学年全員で冊子を作ることになった。一人1ページが与えられ、そのスペースに好きなことを書いていく。
クラスメイトは、思い思いのことを書いていた。
好きな歌の歌詞を書く人。
なんとも知れない絵を描く人。
別のクラスの人がどのようなことを書いているのかは知る由もなかったが、おそらく同じようなことを書いているのだろう。
私もご多分に漏れず、なにかそれっぽい絵を描いた気がする。
皆が書いた用紙は集められ、卒業式までに一冊の冊子となって、全員に配布されることになっていた。
文才に衝撃を受けた卒業式
そして時は過ぎ、中学生活最後の日を迎えた。
すでに記憶の片隅で消えかけていた、例の冊子が配られる。
冊子をぱらぱらとめくると、やはり別のクラスの人も歌詞やら絵やら、特段変わりのないものを書いていた。
しかし、あるページで手がとまった。
ナカノくんのページだった。
そこには整った文字で、文章が綴られていた。
3年間の思い出やクラスメイトへの感謝などが、少しの毒と共に、軽妙に書かれていたのである。
毒づいてはいるが、読んでいて決して不快でない。それほど短い文章ではなかったが、テンポよく、あっという間に読み終えられる。
感動とともに、ナカノくんに抱いていた印象がガラッと変わった。
しかし、それに気づいたのは卒業式のこと。
いよいよ、一度も話すことなく、中学生活は終わった。
中学生の頃から小説などは読んでいたが、読んでいて笑えるような文章は、ナカノくんの文章が初めてだった。
私はこの頃から、文章を書くことの楽しさに気づいていたのかもしれない。
ちなみに、中学校を卒業してしばらくした頃、書店でナカノくんを見かけたことがある。
声を掛けようか迷ったが、在学中は一度も話をしたことがないのだ。きっと私のことなど、記憶のほん一欠片もないだろうからやめておいた。
やっぱり本を読むのが好きなのだな。
そんなことを考えながら、彼の姿を見送った。