競馬を好きになった夏
ある夏のこと。
大学時代の友人から、競馬に誘われた。
彼は大学を卒業して競馬にはまったらしく、一日に数十万円を稼ぐこともあるほどだった。
一方、私は競馬に限らずギャンブルの類には興味がない。
別の友人に連れられ、一度だけスロットに行ったことがあるが、ずっと座ってボタンを押す作業は、苦痛以外のなにものでもなかった。
だから、競馬に誘われたときも、最初は渋っていたが、結局は押し切られてしまった。
そして、競馬場に足を運んだその日。
私は競馬を好きになった。
もちろんギャンブルとしての競馬ではなく、馬が早さを競う、一つの競技として好きになった。
レース前、パドックを歩く穏やかな馬たち。
レースになると、打って変わって素晴らしい走りを見せる。
徐々に近づいてくる蹄が地面を叩く音と、舞う砂埃。
そして、そんな馬を乗りこなす騎手。
すべてがかっこよかった。
スピード重視で育て上げた、牧場唯一の馬
競馬が好きになった。
そして私はゲームが好きである。
そうなると手を出すのは一つ、『ダービースタリオン(ダビスタ)』だ。
もちろん競馬を好きになる以前から、ゲームとしての『ダビスタ』は気になっていた。
しかし競馬に興味がない以上、楽しめないのではないか。そう思い、今まで手を出さずにいた。
今こそ『ダビスタ』を始めるときである。
所持しているゲームハードに対応しているソフトの中で、最も評判が良さそうだった『ダービースタリオンP』を購入することにした。
中古ゲームショップを何軒か巡り、無事『ダービースタリオンP』を手に入れた私は、早速『ダビスタ』をスタートを切った。
『ダビスタ』は、馬を生みだし育て上げ、様々なレースを制覇することが目的の、競走馬育成シミュレーションゲームである。
ゲームを始めたプレイヤーは、牧場とメスの馬一頭、そして現金2000万円を渡される。
このメスの馬が競走馬になるわけではなく、メスの馬に子どもを生ませ、その子どもを競走馬として育てていく。
子どもが生まれるまでに約1年
調教を開始するまでに約1年半
初めてのレースに出場するまでに約1年
ゲーム内の時間で3年近くは、馬を育てることに専念しなければならない。
もちろん、その間も資金は減っていく。
馬の餌代は掛かるし、調教を始めたら、その分の費用も必要だ。
ゲーム内で資金を増やす手段のほとんどは、レースでの賞金である。つまり、最初にもらった2000万円は減っていく一方であり、一頭目の育成に失敗すると、牧場の経営が危ぶまれることになる。
私は、最初の一頭目から牧場経営を軌道に乗せるべく、スピードを重視した調教をしていくことにした。
牧場を襲う悲劇
私の思惑通り、一頭目の馬は恐ろしいスピードを誇る馬への成長した。
初レースから圧倒的な速さで一着を獲得し、その後も一着以外はあり得ない状態になった。
資金もそこそこに貯まってきて、そろそろ二頭目の育成を始めようと思っていた矢先、とんでもないことが起きた。
その日も、資金集めのためにレースに出場させた。
レースがはじまり、いつもと同じように圧倒的なスピードで先頭を走っていく。
しかし、レースの終盤、他の馬が突然加速し、あっという間に私の馬は最後尾まで落とされてしまった。
結局そのままレースは終わり、最下位という結果に終わってしまった。
実はこれ、他の馬が加速したわけではなく、逆に私の馬が減速したのだ。
いわゆる「逆噴射」という現象が起きたのだった。
『ダビスタ』の馬のステータスは、プレイヤーには見えない内部的な数値で管理されているのだと思われる。
私はスピード重視で育成したため、スピードの数値はとても高くなっていたはずだ。
ここで改造の話が出てくる。
なんのゲームにおいても、やはり改造の手段がある。この『ダービースタリオンP』においても同じことだ。
改造をすると、馬のステータスを通常プレイでは到達できないような数値にすることも可能となる。
『ダービースタリオンP』は発売当初、公式の大会が行われていた。もし大会に改造した馬が出場すれば、優勝は確定したようなものである。
そこで開発側は、ある対策を取ったらしい。
その対策とは、ステータスの数値がある一定以上になると、逆に数値が減るというものだった。
つまり、改造をしてステータス値を上げれば上げるほど、逆に弱い馬になってしまうわけだ。
当然、私は改造などしていない。
ではなぜ、このようなことが起きたのか。
設定された一定の数値というのが、通常のプレイでも簡単に到達できる数値に設定されていたそうなのである。
この逆噴射現象について、私は事前に知っていた。
しかし、開発側がこのような設定をしたという話も、実際には噂程度であったし、通常プレイで到達できる数値といっても、私にはそれほど簡単に到達できないだろうと考えていた。
それが目の前で起きてしまったのだ。
もうこうなってしまっては、どうしようもない。
新たに馬を育てようにも時間が掛かるし、馬の頭数が増えるのだから出費も増える。
資金が尽きると、一度だけ銀行から融資を受けられるという救済システムがある。そのシステムを使って、なんとか二頭目を育て上げたが、一頭目の逆噴射のトラウマからうまく育成できず、結果は振るわなかった。
そして二度目の資金不足となり、私の牧場は破産に至った。
その後、何度か牧場を作り直して挑戦しているが、未だうまく軌道に乗せられたことはないままだ。