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ゲームと本にまみれた、日常の話。

『シンメトリー』を読んでいて隠し要素に気づいた

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本の中にシンメトリーが隠れてる

 

誉田哲也さんの小説のなかで、『ストロベリーナイト』からはじまる姫川シリーズは、わたしの好きな作品シリーズの一つです。『シンメトリー』は、そんなシリーズの3作目。1作目の『ストロベリーナイト』と2作目の『ソウルケイジ』は長編なんだけど、『シンメトリー』はシリーズ初の短編集で、7つの短編が収録されています。

 

でね、この『シンメトリー』を読んでいて、あることに気づいたんです。

 

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そもそもシンメトリーは左右対称という意味の言葉なんですが、本の中の様々な場所にシンメトリーが隠されているのを見つけました。たとえば、目次に書かれた各話のタイトルはこんな並びになっています。

 

・東京
・過ぎた正義
・右では殴らない
・シンメトリー
・左だけ見た場合
・悪しき実
・手紙

 

こう書くとわかりにくいですが、書籍の目次は縦書き、つまりタイトルが『シンメトリー』を中心に左右対称になっているんです。

 

タイトルだけじゃなくって、それぞれのストーリーの内容も左右対称が意識されているように思います。6年前の過去の話が展開される『東京』。それと対になっている『手紙』は5年前という過去の話が中心となっています。『右では殴らない』と『左だけ見た場合』は、タイトルに右と左が含まれているし、ストーリーにも似たような描写があったり同じ単語が使われていたりします。

 

わたしの考えすぎかもしれないけど、『シンメトリー』の登場人物の1人である小川実春、彼女の名前も縦書きで見たときに左右対称となるように意識しているんじゃなかろうか、と思っていたりします。

 

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一冊を通して読み終えたところで、シンメトリーの要素が散りばめられているような気がして、また最初から読み返してしまいました。ストーリーで楽しませるだけでなくて、細かいところに遊び心を潜ませることでも読者を楽しませる。そんな誉田哲也さんの魅力がつまった作品だなと感じました。

 

と、ここまで書いといて、わたしの思い違いだったら、だいぶ恥ずかしいなぁ。

 

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